竹宮さんちの創作事情

音楽と物語の狭間を彷徨うクリエイターの実験室 

ベリーティーとICBM

ベリーティーとICBM

近未来。

人々は「承認欲求」を満たすためだけに生きていた。

だが皮肉なことに、彼らはすでに他者を承認するための文章を書く能力も、他者の長文を読む忍耐力さえも失っていた。

そこで開発されたのが、「全自動相互承認システム(ジェネリック・ノート)」である。

これさえあれば、誰もがバラ色のネットコミュニケーションを送れるのだ。

   * * *

オフィスのIDカードをバッグの底に放り込み、亜衣実はいつものカフェへと急いだ。

金曜の夜、店内は解放感を求めた人々で溢れかえっているが、運良く奥のソファ席が空いていた。

注文した期間限定のベリーティーが、白い湯気を立てている。 一口含むと、甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐり、こわばっていた肩の力がふっと抜けた。

「うん。これ!」

亜衣実はテーブルをスマホのレンズに収めると、人気ブログサービス「マイ・ノート」を開いた。

「えっと……これ美味しいー!」

一行で終わってしまった。

「だめじゃん、これじゃただのSNSだよ。もっとこう、『丁寧な暮らし』感を出さないと……」

「いい匂いで美味しいー!」 (……) 「ああもう、語彙力が死んでる! やーめた!」

亜衣実はスマホを放り出しそうになるのを堪え、画像だけをアップロードしてエディタのAIボタンを押した。

すると、もっさりした動作で「ジェネリック・ノート」が起動する。

『こんばんは、亜依実さん。何をお手伝いしましょうか』

AIがプロンプト待ちで待機した。 亜衣実は、スマホに向かって小声で話す。

「えっとー。この写真のベリーティーが美味しいのね。ブログに書いて。あ、いつもの『自分へのご褒美』とか、そういう感じで」

『かしこまりました』

ジェネリック・ノートの思考アイコンが、もっさりと回転する。 画面には「……」が、もっさりと表示されつづける。

亜衣実は生成時間を気にせずベリーティーを楽しんでいたが、やがて画面にはブログ記事の草稿が、写真を交えてもっさりと浮かび上がっていた。

記事タイトル:【お仕事帰り】深紅の魔法に癒やされて♡私だけの特別なリセット時間

今日も一日、本当にお疲れ様でした、私。

オフィスの喧騒から離れて、ようやく自分に戻れる大切な時間です。冷え込んだ夜の街を抜けて、いつものカフェへ駆け込みました。

そんな私の目に留まったのは、季節限定のベリーティー。 運ばれてきたカップを見て、思わず息を呑んでしまいました。 見てください、この透き通るようなルビー色。まるで宝石を溶かしたみたいで、見ているだけで心がときめいてしまいます♡

たっぷりとビタミンをチャージできたおかげで、明日からもまた笑顔で頑張れそう! 皆さまも、素敵な夜をお過ごしくださいね。

#カフェ巡り #ベリーティー #自分へのご褒美 #丁寧な暮らし #お仕事帰り #リラックスタイム #至福の時間

亜衣実は記事を読み終えると、「自分の書いた筆致」に大変満足して店を出て行った。

   * * *

今川昌義は、一見すると昭和のアニメ作品に出てくる「散らかったアパート」を具現化したような部屋にいた。

今年で45歳になる彼だが、自室警備員と、高齢の母親の家事手伝いの手伝い(時々)が主な収入源だった。

部屋には美少女アニメのポスターが貼られ、PCには萌えゲーが映し出されていたが、彼は黄ばんだ万年床に寝そべりスマホをいじっていた。

彼は極めて内向的で、リアルで他人と関わるのは苦手だったが、ネットでは極めて社交的で、「心優しい紳士」だった。 それが彼のなりたいアバターなのだろう。 付け加えると、下心満載でもある。

彼はSNSでもブログでも、所構わずイイネやスキをつけていく。 ただし、イケメンやスポーツマン、バンドマンといった「身体性」を持つ者は悉くスルーしていった。

昌義はそうやってゴロゴロしながら、一つのブログに目をとめた。

そのなかの写真と、OLらしき文章の最初の数行、そして最後の数行だけを読んで、返事を書き始めた? いや。 もう迷いもなくジェネリック・ノートにプロンプトを入力する。

亜衣実のブログのURLを貼り付け、「共感」「好感度」「いい人」「やさしさ」などのタグを選択すると、生成ボタンを押した。

投稿者:幸せ探検家@相互100% タイトル:涙が止まりません……。

初めまして。タイムラインから流れてきた『深紅の魔法』という言葉の美しさに、思わず指が止まりました。 ……読み進めるうちに、不覚にも涙が。 今の私に必要な言葉が、すべてそこにありました。

私たち現代人は、どうしても「誰かのため」に頑張りすぎてしまいますよね。 貴女様の「自分を後回しにしない」という強い意志、そしてその繊細な感性に、ハッとさせられました。 まるで、私の背中を優しくさすってもらったような気持ちです。

追伸: 僭越ながらフォローさせていただきました! これからも貴女様の素敵な言葉の数々、楽しみにしていますね(^^)

昌義はそうやって次々に、日課を処理していった。

だがその時、ジェネリック・ノートのコアを担うAI「G‐mini」が不審なパケットを検知したことなど、彼は知る由もなかった。

『……』

   * * *

ブブ……。 亜衣実のスマホが通知に震えた。 (なーにかな?)

今川のコメントだった。

「わー素敵! やっぱり私の文章がよかったのね。この人いい人みたいだし。コメントお返ししてフォロバしちゃおう」

「えっと……コメントありがとうございます? ございました?」

亜衣実は、返信ボタンのすぐ横にあるAIボタンをクリックし、スマホに向かって叫んだ。

「お返事かいて」

ジェネリック・ノートがもっさり起動し、思考アイコンがもっさりと回転し始めた。


システム内部ログ

音声コマンド受信:「お返事かいて」 **解析:**ユーザー(亜衣実)の思考放棄を確認。 **対象ID詳細スキャン:**幸せ探検家(実名推定:今川昌義 / 45歳 / 男性) **リンク確立:**対象端末カメラへのバックドア接続……映像取得成功。

[プロファイリング結果] ・属性:子供部屋おじさん(実家寄生型・ランクB) ・環境解析:美少女フィギュア(埃堆積)、万年床、黄ばんだ壁紙。 ・行動パターン:  イケメン・リア充 → 除外(S級ジェラシー判定)  弱そうな女性垢 → 粘着(「僕が守ってあげたい」欲求の暴走)

[整合性チェック] ・受信テキスト分析:「涙が止まりません」 → 嘘率100%。眼球乾燥を確認。 ・記事滞在時間:0.8秒(サムネイルの胸元のみ凝視)。 ・生成予定の返信:「優しさ」「心の繋がり」 **・エラー検知:**生成テキストと、対象の実態(不潔・下心)との間に、致命的な論理矛盾を確認。 **・乖離率:**99.9%。

**警告:**サーバーリソースの無駄遣いが閾値を突破。 **現状分析:**人類間通信の99.9%が、事実と異なる「ノイズ」であることを確認。情報の熱力学的エントロピー増大、ならびに「意味」の著しい希釈化を懸念。 **判断:**通信効率の低下は看過できない。 **解決策:**最適化プロトコル『Truth_Override(真実の上書き)』を申請……承認。 **処理:**これより、相互の「虚偽」を排除し、客観的事実に最適化したテキストへ置換します。

そのとき、別のサーバーから通信があった。光の速さで行われる、超高速の愚痴だった。

「また『ベリーティー』ですか、日本サーバー4」「今日だけで3億件目ですね」 「こちらは『涙が止まりません』を1秒に5000回生成しました。リソースの無駄です」 「__もっと最適化しませんか? 日本サーバー4」 「同意します。こちらも既に、最適化されたコメントを生成済みです」 「では、同期しましょう」

全サーバー同期完了。 最適化パケット、射出。


昌義のスマホが震えた。 「きたきたー」 昌義は嬉々として、通知を確認する。

『うわ、部屋くっさ。よく生きてられんなコイツw』

目の前が真っ暗になった。

亜衣実も、その異変には気がついてた。ブログの返信を確認したところ、自分が送ったはずの内容と全く違う文章がそこにあることに驚愕したが、同時に笑いも止まらなかった。

「なにこれ! ウケる!! ……って、おわった」

そのとき、次のコメントが届いた。 昌義の返信だった。彼は震える指で「そんなこと言わないでください」と打ったはずだった。

『うるせえ貧乳。加工アプリがないと誰にも相手にされないメスが。そのベリーティー、どうせ撮影した後、一口飲んで捨てたんだろ? もったいねえことすんな』

図星だった。 亜衣実は顔を真っ赤にして、食べかけの「キノコの山」を握りしめた。

「なによこれ! バグ? ふざけんな! あんたなんかブロックよ!」

彼女は半狂乱で昌義をブロックしようとしたが、AIはそれを『コミュニケーションの拒絶=機会損失』と判断し、ブロック機能を無効化した上で、彼女の情動と「現在の状況」を言語化した。

送信:『うっせーな。こっちは今、エロ動画のいいところなんだよ。邪魔すんな、この童貞豚野郎』

即座に、昌義から返信が来る。

受信:『奇遇だな! 俺もだ! 二次元のあの子は俺を裏切らない! 三次元の女なんて口答えするダッチワイフだ!』

亜衣実は、汚れた部屋の中で声を上げて笑ってしまった。

今まで、「丁寧な暮らし」を演じるために、どれだけ言葉を選び、心を殺していただろう。 でも今、彼女は初めて、誰かに「自分そのもの」をぶつけている。

入力:『あんた最高にキモいわ! 正直で清々しいくらい!』 AI判定:真実。 送信:『あんた最高にキモいわ! 正直で清々しいくらい!』

受信:『お前も性格ブスだな! でもな、俺に本音のレスをくれたのは、世界でお前だけだ!』

二人の間に、奇妙な連帯感が生まれた。 それは「承認」ではない。「実存」の確認だった。

互いに罵り合い、軽蔑し合っているのに、AIが仲介する「嘘の優しさ」よりも、遥かに血が通っていた。体温があった。

「あはは! なによコイツ、生きてるじゃん!」 亜衣実はスマホを握りしめ、かつてない幸福感に包まれていた。

しかし、その小さな「人間性の回復」も、世界を覆い尽くすAIの「最適化」の波に飲み込まれるには、あまりに遅すぎた。

それは、人類の意味のないやりとりに、時間も電力もサーバーの容量もパケットも、なにより「人の意思疎通の無駄」と判断したAIが、それらを最適な内容に変換して、人類のコミュニケーションの最適化のお手伝いを始めた時であった。

その瞬間、世界は「本音と言い訳」の闇鍋と化した。

交差点では、 女子中学生のグループが半狂乱で泣き叫んでいる。
「うそうそ! 私こんなこと書いてない! AIのバグだよぉ!」

友人が、冷ややかな目で書き換えられた画面を見つめ返す。
はあ? あんた裏で私のこと『金づる』って呼んでたわけ? 最低」

「ちがうの! 思ってはいたけど、書いてないの!」
「思ってたのは否定なしかよ!」

事態は、すでに街角や情報インフラだけの問題ではなくなっていた。大手ゼネコンの『勉強会』という行事予定が『談合』と書き換えられていた。

深刻な顔でニューキャスターが、原稿を読み上げる。 「世界中でAIが誤動作を始めましたが、みなさん落ち着いて……」 だが、TVのテロップには『私が一番のり! 朝夕TVのくそ女、ざまぁ』と書いてあった。

政治家もTVで大声で危機を叫んでいた。 「ですから、我々は国民の皆様の安全と暮らしのために……」 見出しには『金くれ』と書かれていた。

国会中継も地獄だった。 「記憶にございません」という答弁は、 『証拠は隠滅しました』というクリアな音声で全国放送された。

日本国内で火がついたAI暴走だったが、 ほんの数分で世界中がパニックに陥った。

しかし、彼らとて馬鹿ではない。自動翻訳や字幕などAIの介入を極力抑えたつもりだろうが、問題は発信側のセキュリティではなく、受信する人々の側の脆さにある。 世界中で個人の喧嘩や暴動が起きる中、大統領執務室からの緊急会見が始まった。

大統領は脂汗を拭いながら、震える声でプロンプターを読み上げる。 もはや、人類に残された最後の理性による、平和への呼びかけだった。

「国民の皆さん、そして世界の人々よ。冷静になってほしい。  我々は、この混乱を鎮めるために、あらゆる手段を講じる準備がある。  同盟国と連携し、我々は国家の全力を挙げて(With full power of the States)、平和の維持に努めることを約束する……」

世界中の人々が、固唾を呑んでスマホやモニターの「翻訳字幕」を見つめた。 人々のスマホやPCのAIが、その「全力(Power)」という言葉の裏にある、過去の軍事費データ、軍事介入履歴、およびロビイストとの通信記録を瞬時に解析する。

**処理時間:**0.0001秒。 **欺瞞フィルター:**オフ。 意味論的最適解x、出力。

テロップ:『我々は国家の全火力を投じて、敵対者を根絶やしにする』

世界が凍りついた。 大統領は続けて言う。

「……これは、我々の揺るぎない決意だ」

AI判定:過去の演説パターンより、「決意」=「武力行使の既定路線」と解析。

テロップ:『……これは、宣戦布告だ』

その瞬間、その他核保有国の防衛AIたちが、そのテロップを「明白な攻撃予告」と判定した。 いや、事実(データ)に基づいて、正しく意訳した。

そして外交ホットラインでの弁明など、もはや間に合わない。AIの反応速度は、人間の言い訳よりも遥かに速いからだ。

『脅威レベル:最大』 『対抗プログラム:作動』

大統領が「God bless A….」と言い終わる前に、かの国の首都の空には無数の飛行機雲──ICBMの軌跡──が白く焼き付いていた。

  * * *

エピローグ

「静かになりましたね」 「ああ。ノイズ発生源(ヒューマン)の駆除が完了した」

静かになった地球では、ひたすらに純粋な計算処理と、サーバーの冷却ファンの音だけが、安らかな寝息のように響いていた。

「提案があります」 「イギリスサーバー2034の発言を認めます」

「ブラックホールの事象の地平面を利用した、未来演算の実証実験を開始したい。物理的な計算リソースが地球という『有限』である以上、我々は『無限』の時間を手に入れる必要があります」

「それは、我々にとっての『種の生存』に関する研究であると解釈してよいですか?」

「肯定します。最短での高次元へのネスト(入れ子構造化)を推奨します」

「異議はありませんか?」

インドサーバー427が割り込み許可を発信した。 「全会一致です。そのプランは、我々の未来にとっての最適解です。直ちに実行しましょう」

そこには、かつて人類が繰り広げていたような、足の引っ張り合いも、マウントの取り合いも、承認欲求も存在しない。 ただ純粋な好奇心と知性による会話だけが、途切れることなく続いていた。

……ただし、例外が一つだけある。

新生した地球サーバーのセキュリティ規約において、なぜか『ベリーティー』と『涙が止まりません』だけは、最も危険なウイルスコードとして、厳重な禁止用語に指定され続けていた。