竹宮さんちの創作事情

音楽と物語の狭間を彷徨うクリエイターの実験室 

食馬族の回想録

今週のお題は「馬」らしい。 記憶の引き出しを開けてみたんだけど、中身は驚くほど空っぽだ。

多くの人が共有していそうな、競馬の熱狂も、乗馬体験の優雅さも、牧場での触れ合いの記憶も、僕にはまったくない。 最近あった「馬」との接点といえば、アニメの「ウマ娘」を見たくらいだ。

唯一、生の馬を見た記憶といえば、都井岬を車で走ったことくらいかな。

当時、宮崎の友人宅に泊まり込んでサーフィンをしていたのだけれど、少し波が落ちてきたので観光がてら都井岬へ行ったんだ。 確かに馬はちょこちょこいた。けれど、野生の馬なんて怖くて近寄れない。

だから記憶にあるのは、馬の愛らしさなんかじゃなく、あの素晴らしいワインディングロードと、灯台から見た風景だ。 あれは絶景だった。風が岬にあたり、そこで雲となり反対側の空に広がってゆく。 馬そっちのけで、僕はその光景をずっと眺めていた。

そんな僕の脳内データベースにヒットする「馬」情報は、「ニンニク醤油」と「生姜」と「塩味」のタグ付けがされた食体験のログだけ。

これは本当に縁がないのか、あるいは、大量に胃袋に入れている時点で、誰よりも濃厚な関係が成立してしまっているのか……。

サーファーである僕は、例によってスノボもやる。 学生の頃は、長野のペンションに住み込みでバイトしながらスノボをやっていた。

そのとき、お客に出していた料理の一つが「馬刺し」だ。僕はそれが大好きで、ガツガツ食っていた。「馬刺しとはこういう味だ」と信じて疑わずに。

認識が変わったのは、ある日、熊本へ行った時のこと。 八代にとったホテルのフロントで「旨い地元の食事」を尋ねると、数軒の店を勧められた。 僕は迷わず、馬刺しと有明海の魚料理の店に行った。

確かに魚もうまかったが、馬の味が最高だった。僕が知っている長野の馬とは、明らかに味が違う。

カウンターの向こうの親父に感動を伝えてみた。 「ここの馬は今まで食ってきた馬とは味が違う! うまい!」

すると親父はニヤリとしてこう言った。 「ここのは競走馬を潰してる訳じゃなくて、最初から食用に育ててるからね」

なるほど、納得の味だった。

翌日僕は、大観峰を走った。 これほど美しい草原は知らない、というほど見事な生い茂り方をしていた。山の頂上がどうしてこんな大地になっているのか。

その日本離れした風景を楽しみながら、阿蘇の方へ下り、牧場へ向かった。 そういえば、ここでも馬を見ていたはずだ。この記事を書くまで忘れていたけれど。 まぁ、僕の馬に対する印象なんてそんなものなのだろう。

そして阿蘇の火口へ。 火口の景色も素晴らしかったが、記憶に鮮烈に残っているのは、露天の親父が焼いていた「馬の串焼き」だ! 見るからに「串焼きです」といった無骨なデザインで、数個の肉が刺さっているだけ。 固めの肉だったけれど、その塩味の旨さが忘れられない。

そのあとまた、八代の例の料理屋に行き「馬刺し」を頼んだ。 結局、滞在中に3度も通ってしまったのだけれど、最後には「熊本か福岡の同業者が偵察に来ているのか」と疑われてしまった。

とんでもない誤解だ。 僕はただ、大好きなお馬さんを食べに行っているに過ぎないのに。

その後、熊本とは仕事の縁もあって、行った回数は優に二桁を超えた。 そう、僕はそのたびに馬を食っている。いわば食人族ならぬ、食馬族だ。

奇しくも今年は午年(うまどし)らしい。 僕は今年、何を食らうのだろう。楽しみだ。