竹宮さんちの創作事情

音楽と物語の狭間を彷徨うクリエイターの実験室 

音のない世界で

父に連れられ、物心ついた頃から海辺にいた。サーファーだった父の背中を見て育ち、僕が板の上に立ったのは10歳の時だ。

初めてのテイクオフ、自然界のエネルギーに触れたような感覚。それは歳月で劣化しない源泉として、今も僕の体の芯に静かに残っている。

穏やかな波は、満腹であくびをするライオンのようだが、海の芸術家が波の造形を始めると、突進してくる巨象と対峙するような畏怖に変わる。

水平線がゆっくりとせり上がり、それはやがて地鳴りのような音と共に、見上げる壁となって立ち塞がる。その美しくも暴力的な水壁を、空へと泳ぐように垂直にパドルする。現実が非現実になる時間。

間に合わなければ、ボードの先端を水中に押し込む。胸を圧迫する水圧に耐えながら、頭上の轟音をやり過ごす。

これを幾度か経て、喧騒が嘘のように遠ざかる。沖に出ると、そこには音のない世界が広がっている。波の巡礼者がたどり着く、聖地のような場所だ。

夜明け。昇ったばかりの朝日が、今にも崩れようとする波を背後から照らす。すると、波の上半分は青とオレンジと透明の光の塊となり、足下には夜の気配を残したままの深い藍色が静かに佇んでいる。
その光と闇の境界を、魚の群れが影絵のように横切っていく。

この魔術とも感じる美しさは、永遠のようなスローモーションから、不意に交通事故のような速度感に変わる。

テイクオフの瞬間。 腹と膝に、直後を予言するような巨大な圧が伝わってくる。その力で波を追い越し、落下のGでさらに加速していく。

スノーボードのような固定具はない。自分の足で、水圧で鉄のようになった海面をつかみ、ボードのエッジを食い込ませる。ターンの速度に、ボードがかすかに振動を始める。

波を登り切り先端を叩くと、乾いた音と共に扇状の水しぶきが上がった。光がそれを貫き、一瞬、小さな虹が架かっては消えた。

夏の夕暮れ、海が夜光虫で満たされることがある。
体とボードが描いた軌跡が、青い燐光を放って水中に残る。それは、自分の生きた証が、そのまま静かな光になったように見えた。

なぜ、僕はここにいるのだろう。美しい情景に魅せられ。巨大な青い水壁、自然の畏怖に焦がれ。波を制する、刹那の喜びに魅せられている。

自らに問い、答えようとするたび、その試みは言葉遊びのように虚しく響く。

確かなのは、理由を言葉にした瞬間、僕をこの場所へと導くあの根源的な引力が、その手触りも、重みも、光も、指の間からこぼれ落ちていくという事実だけだ。