竹宮さんちの創作事情

音楽と物語の狭間を彷徨うクリエイターの実験室 

ほたるこい

 

夜空に、黄金色の光が点滅していた。 少女は無邪気に歌う。

「ほ、ほ、ほたるこい……」

だが、その光の正体は、全長数キロにも及ぶ優美な宇宙遊覧船団だった。 彼らは地球の周回軌道上で停止し、重厚なメッセージを送信してきた。

『契約受諾。貴星の代表個体であるシャーマン(少女)の歌により、全人類の体液提供が確約された。これより徴収を開始する』

世界はパニックに陥った。

人類が「The Glare(ザ・グレア)」と名付けた蛍型宇宙船に対し、迎撃ミサイルはバリアに弾かれ、各国首脳は「法的根拠がない!」と喚き散らす。 だが、高度な文明を持つ彼らにとって、プロトコル(契約)は絶対だった。

絶望する人類の前に、一人の男が現れた。

ギーロン・マグス。 かつてSNS『Z』を買収し、宇宙開発企業をも牛耳る、あのお騒がせ大富豪だ。

「やれやれ。君たちはOSの仕様というものを理解していない」

意味不明のパワードスーツに身を包んだギーロンは、国連会議に無断で乱入すると、自信満々に語り始めた。

「良いかい、理屈がどうあれ、あの虫どもはアレを『契約』と理解したんだ。我々の常識で契約書を差し出しても、モシャモシャと食べられて終わりということだ。人間同士でも言葉が通じない奴がいるのに、相手は昆虫型のエイリアンだぞ?」

(……話が通じないのはお前だ)

議長はそう思ったが、口には出さずに黙っていた。 ギーロンは不敵に笑うと、私財を投じて開発した時空間転送機『X-クロック』を起動させた。

「彼らは入力に対して出力を返すだけのプログラムだ。バグ(契約の元となった歌詞)があるなら、パッチを当てればいい。ついでに、ビジネスチャンスに変えてやる」

彼は過去へ飛び、少女の歌に「条件分岐」を書き加えた。

現代に戻ったギーロンは、高層ビルのオフィスでワイングラスを傾けた。 窓の外では、素晴らしい光景が広がっていた。

黄金に輝く「蛍」のようなエイリアンたちは、刑務所から吸い上げた死刑囚一人に対し、国家予算並みのレアメタルを支払っていた。 一方で、巨大なタンクを抱えた土木作業船のようなエイリアンたちが、地球の悩みの種だった「放射性廃棄物」や「工業排水」を、凄まじい勢いで吸い上げている。

「見たまえ。歌詞を『甘い水(人間)は高いぞ』『苦い水(廃棄物)はタダだぞ』と書き換えた結果だ」

ギーロンは勝ち誇った。

「富裕層には高級品である死刑囚を高値で売り、貧困層にはゴミを無料で処理させる。完璧なセグメンテーションだ。私は地球を救い、かつ大儲けしたのだ!」

だが、その黄金時代は長くは続かなかった。

ある日突然、空の色が変わった。 優雅な「蛍」たちは一斉に姿を消し、代わりに空を埋め尽くしたのは、宇宙の闇から這い出てきたような陰湿な肥満型や、不潔なハエ型エイリアンの大群だった。

彼らは「無料」の噂を聞きつけて殺到したのだ。

「ヒャッハー! 苦い水、飲み放題だってよ!」 「無料でござるか。あれもこれも吸って……ムヒョー!」

彼らにマナーなど存在しなかった。

列には並ばず、タンクから溢れた汚泥を街に撒き散らし、ビルの壁を破壊して「俺のナワバリだ」と落書きをする。 さらに悪いことに、地球上の廃棄物を飲み干した彼らは、「おい、まだ足りねえぞ!」と叫び、今度は人間に向かって触手を伸ばし始めた。

「待て! そっちは有料プランだ!」

ギーロンは慌てて通信機に叫んだ。 だが、ハエ型エイリアンはゲラゲラと笑う。

「知るかよ! 俺たちはドラッグ(汚染物質)でラリってるんだ、金なんて持ってねえよ!」

その時、ギーロンの手元の端末に、富裕層エイリアンからの通知が届いた。

『貴星のプラットフォーム環境は、あまりに不潔で民度が低い。我々宇宙リゾート公団のブランド・イメージ毀損(きそん)の恐れがあるため、全契約を解除し、広告出稿(レアメタル支払い)を停止する』

金の雨は止み、残ったのは暴れ回る「質の悪い無料ユーザー」と、汚染された地球だけ。 青ざめるギーロンに、秘書が冷ややかな視線を送った。

「社長……。この状況、見覚えがありませんか?」 「なんだと?」 「優良な広告主(スポンサー)が逃げ出し、無法地帯化したインプレゾンビだらけのタイムライン……。社長が買収して改悪した、あのSNS『Z』とそっくりですよ」

ズガン!

言葉の終わらぬうちに、ハエ型エイリアンがオフィスを突き破ってきた。 ギーロンは、薄汚い触手に掴み上げられる。

彼は死の寸前まで、懐から小切手帳を取り出して叫んでいた。

「待て、いくらだ! 有料会員にしてやる! 買収してやるから離せ!」

だが、言葉の通じない暴徒は、大口を開けて彼を頭から飲み込もうとする。 ギーロンは、自身が生み出した「無料のゴミ」に咀嚼されながら、最期に忌々しげに吐き捨てた。

「……理不尽だ。人間どものほうがマシだったな、奴らは『金』さえ払えば解決できたのに!」