
今週のお題「準備していること」
あぁ、これは最も苦手な奴だ……
春目前、「みなさん、何か準備はしていますか」なんて、真面目な奴らの爽やかな声が聞こえてくる。
耳が痛い……。俺は準備が苦手なんだ。
いや、はっきり言おう。大嫌いだ。
◇ 準備嫌いの、奇妙な進捗
とはいえ、今、俺の目の前には長編小説のプロットが四本と、新曲が二曲ある。
客観的に見れば「めちゃくちゃ、やってる人」なんだけど、実態はひどいもんだ。
「お前いつもと筆致が違うじゃねーか」ってツッコミが来そうだけど、これで良いんだ。
「準備」とか言われて、体も脳も拒否反応を起こしてる。
海外へ行くときだって、出発直前までスーツケースは空っぽのまま。
呆れる周囲を黙らせるために、もっともらしい言い訳を構築する手間だけは惜しまない。
「季節も気温も違うんだから、衣類なんて現地で調達したほうが合理的だし、マイ土産にもなる。現地のストアで、必要なものを揃えるのはは楽しい」
でも、これは結構本気でそう思ってる。
◇ 自作自演のクーデター
新曲のMV制作だって、結局いつもギリギリまで手をつけない。
公開告知日が迫ってきて、ようやく慌てふためくのがお決まりのパターン。
じゃあ、その「空白の時間」に何をしているのかと言えば、
悠々と映画を観たり、ギターを弾いて遊んでいたりする。
もっと言えば、公開日が迫っている作品の校正から逃げて、別の作品のプロットを書いていたりもする。
「締め切り」という呪いが可視化して質量を伴わない限り、俺のやる気は動かない。
一番タチが悪いのは、その締め切りを作ったのは、他ならぬ自分自身だということだ。
◇ クソ野郎の処方箋
俺はとんだクソ野郎だと思う。
自分の勝手さに、自分でも笑えてくるし、情けなくもなる。
だが、冷静に机の上を見れば、その「反乱」の副産物として、
四本のプロットと二曲の新曲が、たしかにそこに存在している。
もし俺が真面目に準備をこなす優等生だったなら、これらの作品はこの世になかったはずだ。
(そう思わないか!)
この歪んだ、いや高効率な自家発電システムこそが、俺の創作のエンジンなのだ。
内宇宙の力学とは、実にままならないものである。
つまりですね、この「クソ野郎な仕組み」を、俺は一生やめられそうにない。
というか、このエッセイも、次の長編の期日がなければ書いていなかったと思う。
じゃ、今から映画みる(笑)