竹宮さんちの創作事情

音楽と物語の狭間を彷徨うクリエイターの実験室 

神殺しと、神殺し殺し。

「……食らえ、絶対防御不能! 神殺しの槍だ」

「ふん、予測済みだ。概念消滅バリア!」

二人の作家、佐藤と鈴木はカフェで向かい合い、互いの「最強」をぶつけ合っていた。

いや、正確には「どっちの最強も汚さない着地点」を探る接待の打ち合わせだ。

鈴木の書く主人公は、「神殺し」というスキルをもつ、もはや宇宙の消しゴムのような存在だ。

かたや、佐藤の描く主人公は、「概念消失」という、相手が『攻撃した』という事実そのものを歴史からデリートする、物語の自殺装置を標準装備していた。

「ふはははは! どうだ、貴様が神殺しなら、俺は神殺し殺しだな!」

「くっ……」

「佐藤さん、その台詞いいですね! 熱い展開です」

「バリア! バリア貫通ビーム! バリア貫通ビーム返し!」

カフェの前を下校途中の小学生が楽しげに走り去っていった。

「……」 「……」

「ぁ、そうそう」

「佐藤さん、ここで僕のヒロインが君の主人公を助ける。で、逆に君の主人公は僕のヒロインとフラグを立てる。これで両方の読者が満足するでしょ?」

「いいですね鈴木さん。ファン層も被ってるし、これでPV(閲覧数)は倍。まさにウィンウィンだ」

「ですが、その設定で書いていくと、いつか設定が破綻しませんかね?」

「何を言ってるんですか、そのための概念消失です。そんな過去なかったことにすれば良いだけです」

「もしくは、あなたの作品の神が、宇宙を消して、作り替えてしまえば解決です」

「ははは。たしかにそうですね」

彼らの背後には、それぞれの「コラボ企画の読者」たちが口を開けて待っていた。

彼らは物語の整合性など求めていない。

ただ、自分の投影先である「俺様」が、別の世界の「俺様」に認められ、さらに多くの「記号(女)」を手に入れる瞬間を見たいだけだ。

「はい、あーん」 「ほらよ、餌だ」

投稿ボタンが押された瞬間、数万人の顧客が一斉に「神回www」「最強×最強www」と書き込む。

佐藤と鈴木は、互いの顔は見なかった。

彼らが書いているのは、もはや小説ではない。

顧客の脳内に「俺は偉い」という信号を送るための、相互リンクを張っただけの虚無のコードだ。

ふと、鈴木が漏らした。

「……なぁ、佐藤さん。俺たち、昔は何が書きたかったんだっけ?」

佐藤は「バリア貫通消しゴム」でその言葉を消し、笑顔で答えた。

「さあね。でも、売れてるからこれが『正解』ですよ。僕らは評価という数字を持っている」

「俺様と強さと、手に入れた宝と女が残れば、あとはその場その場を書けば良いんですよ」

「……そうですね。その場その場を、刺激的に」

「ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」

店員が無機質な声で伝票を置いていく。

その声に二人は現実に戻る。そこには概念消失も神殺しも通用しない「請求額」という絶対的な小銭が書かれている。

店を出ると、さきほどの小学生たちがまだそこにいた。

だが、もう「バリアごっこ」はしていなかった。

「じゃーんけーん、ぽん!」 「あー! 負けたー!」

「俺のハサミは、お前の拳を切り刻む! ぐははー」

「えー。そこまでやったら、お話続かないよ」

「……なんてことはなく、普通に負けだー!」 「ぎゃははー」

子供たちは笑い転げていた。

彼らはもう、「なんでもあり」の無敵ごっこに飽きていたのだ。

ルールや法則があり、負ける可能性があり、思い通りにならないからこそ、遊びは面白いのだと、本能で知ってしまったのだ。

鈴木が足を止める。

佐藤もまた、その光景を無言で見つめた。

「……なぁ、佐藤さん」 「なんですか」

「俺たちの読者は、いつになったらジャンケンを覚えてくれるんだろうな」

佐藤は答えなかった。

ただ、スマホを取り出し、「ジャンケンという概念が存在しない異世界」のプロットをメモし始めた。

子供たちは次の遊びへと走り去っていく。

取り残された二人の中年作家だけが、いつまでも「無敵」の檻の中に閉じ込められていた。

(終わり)


◆ 付録:ぶっ壊れ設定集

本編における「佐藤・鈴木」両氏のコラボレーションに際し、読者の脳に負担をかけず、最大限の全能感を供給するために最適化された設定群。

◇ 1. 主人公専用スキル:『神殺し』&『概念消失』

神殺し(鈴木・著): 「ルール(神)」そのものを許さない混沌。論理的な対抗策を一切封じ、読者が「でも、あいつの方が強いんじゃ?」という不安(ストレス)を抱く隙を1ミリも与えないための思考停止装置。

概念消失(佐藤・著): 相手が「攻撃した」という事実、あるいは「自分より強い設定である」という概念そのものを歴史から消去する。

物語の因果関係をすべてリセットできるため、作者が行き詰まった際、あるいはジャンケンのような「対等なルール」を突きつけられた際の緊急脱出ボタン。そのくせ、血まみれになるまで何故か使わない。

◇ 2. ヒロイン属性:『全自動・過去背負い・帰属人形』

設定概要: 全員が「国が滅びた」「家族を惨殺された」等の、凄惨かつ過酷な物語を背負っている。

真の機能: これらの苦難は彼女たちの主体性を破壊するために用意された「値札」である。

主人公に救済(所有)された瞬間、その過去は「主人公への無条件帰属」というヒロイン使用許諾書となる。

彼女たちは以後、主人公を全肯定するトロフィーとしてのみ機能し、自らの意思に見える反発も甘噛みとして機能する。

◇ 3. 世界法則:『咀嚼コスト・ゼロ(あーん機能)』

法則概要: この世界において、主人公の「葛藤」「挫折」「努力」はすべて俺様凄いの一言で言い換えられる。

真の機能: 読者は物語を「体験」するのではなく、あらかじめ用意された「最強」と「勝利」という記号を、咀嚼することなく丸呑みする。

これにより、現実社会で摩耗した「選ぶ」「耐える」というコストを完全に排除した、高純度なドーパミン供給を実現する。

◇ 4. 神とドラゴン:権威のデフレを象徴する消耗品

ドラゴン: かつては物語の終着点(ラスボス)であったが、もはや噛ませ犬ですらない、主人公の強さを見せびらかす「壊れた物差し」。現在は主人公の移動手段、もしくはペット(下僕)として定義される爬虫類。

神: 宇宙の理を司る超越者……という建前を持つ、主人公の都合のいい便利な知人。

機能: 物語が論理的に詰んだ際、または作者が設定の整合性を保つのが面倒になった際、お茶を飲むついでに世界を書き換える「リセットボタン」として機能する。

◇ あとがき:開発ノートより

「この設定集に、もし『敗北』や『拒絶』という言葉を見つけたなら、それはフラグかバグです。直ちに神(作者)が書き直します。

安心してください、ここにはあなたの思い通りにならないものは、何一つ存在しません」